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テレビ、ラジオ、Twitter、ニコニコ生放送、Ustream……。マスメディアからソーシャルメディアまで、新旧両メディアで縦横無尽に活動するジャーナリスト/メディア・アクティビストの津田大介が、日々の取材活動を通じて見えてきた「現実の問題点」や、激変する「メディアの現場」を多角的な視点でレポートします。津田大介が現在構想している「政策にフォーカスした新しい政治ネットメディア」の制作過程なども随時お伝えしていく予定です。

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ビッグデータはいかにオバマを勝利させたか? (津田大介の「メディアの現場」vol.76 より)

津田マガ記事


(※この記事は2013年5月10日に配信されたメルマガの「メディア/イベントプレイバック」から抜粋したものです)

◆ビッグデータはいかにオバマを勝利させたか?——マイルズ・ワードが明かす2012年米大統領選の舞台裏

 

◇ボランティアを支えた200以上のアプリケーション

津田:はじめまして。さっそくですが、自己紹介とともに、マイルズさんがオバマ・フォー・アメリカで果たした役割を教えていただけますか。

マイルズ:わかりました。私の役職を一言で言うと、Amazon Web Services, Inc.のAmazon Web Service [*7] のソリューションアーキテクト [*8] ということになります。弊社とパートナー企業をつなぐエコシステムのマネージャー [*9] もしていますね。ただし、この肩書きとオバマ・フォー・アメリカには何の関わりもありません。米国では企業が特定の大統領候補を応援するのは禁じられていますので、オバマ・フォー・アメリカにはボランティアとして、無給で参加したんです。具体的には、バックエンドのシステムの設計を行うアーキテクト、そしてコアシステムの開発を行うエンジニアとして仕事をしていました。

津田:実際にオバマ・フォー・アメリカの活動の中で構築された成果物はどのくらいあるんでしょうか。

マイルズ:オバマ大統領の選挙は4万人もの人がボランティアで仕事をしていたわけですが、そうしたボランティアのさまざまな活動を助けるために200個以上のアプリケーションを作りました [*10]

津田:200! すごいですね。その開発された200以上のアプリの中で、特に選挙で効果を上げたものはどういうアプリなんでしょうか。

マイルズ:一番シンプルで、一番良い例としてお話できるのは「ダッシュボード(Dashboard)」[*11] という名前のアプリケーションですね。名前はイマイチなんですけれども(笑)。これは、ボランティア全員のためのプライベートなSNSです。ボランティアが全国に渡っていましたので、異なる州にいるさまざまな役割のボランティアのコーディネーション [*12] をしなければならない。加えて、ボランティアの活動の中でどういうことがうまくいっているのか、逆に、どういうことがあまりうまくいっていないのか、といった情報を共有する必要があった。「ダッシュボード」はそのためのソーシャルネットワークだったんですね。個々のボランティアからのフィードバックを非常に迅速かつ正確にボランティア間で共有し、その情報をオバマ陣営の全体をまとめるリーダーが把握するためのネットワークとして使われました。

津田:4万人というと相当に大規模な組織ですよね。しかも、それらが広い米国全土に散らばっているわけですから、そういう人たちをSNSを使うことで接続して、ボランティア活動を改善するための情報プラットフォームを作ったということですね。なるほど。ところで1つ疑問があるのですが、ダッシュボードは2008年時点でオバマ陣営が使っていたSNS「MyBO」とシステム的には同じものなんですか。それともどこか進化しているのでしょうか。

マイルズ:前回のMyBOのウェブサイトの中にも、今回作ったダッシュボードの一部の機能がすでにありました。ただ、今回改善された部分も多くあります。例えば2008年当時はモバイル端末にはあまり対応していなかったんですが、今回はモバイル端末にフル対応しています。

また、前回よりボランティアの支援につながる情報が多く載るようになって、そうした情報をよりタイムリーに共有できるようになった部分も大きな違いですね。2008年のときにMyBOに掲載される情報はせいぜい1週間に1回更新されるぐらいで、重要な情報でも1日に1回ぐらいアップデートされれば多いくらいだったのですが、今回のダッシュボードは、ツイッターやFacebookのようにほぼリアルタイムで5秒に1回ぐらいは情報が更新されるようになりました。

津田:従来から存在していたツールが、より進化したというわけですね。選挙ボランティアに関する情報更新の速度がリアルタイムに近づいたというのもソーシャルメディア全盛のいまを象徴するエピソードだと思います。SNS以外ではどんなツールがありますか?

マイルズ:もう一つの良いアプリケーションの例としては「キャンバス(Canvas)」[*13] があります。これは、iPhoneやAndroidなどのスマートフォン向けのアプリケーションです。例えば米国の各州の重要な地域において [*14] ボランティアが戸別訪問をして、それぞれの世帯の人たちに対して「投票に行きましょう」もしくは「投票のための登録をしてください」[*15] というふうに声をかけて回るんですけど、キャンバスは個別訪問時にボランティアの人たちがどの家をどのルートで歩き回るのか、もっとも効率的なルートを地図上に示すアプリなんです。実際に戸別訪問をしたボランティアが「この住人は投票登録済みです」もしくは「この住人は投票済みです」といった情報をアップデートして共有できるので、ほかのボランティアがすでに訪問した家をムダに回ったり、単にローラー作戦で全世帯を訪問する必要がなくなり、彼らがもっとも効率のよいルートで移動できるようになりました。

津田:オバマはよく「ソーシャルメディアを活用して選挙戦を勝ち抜いた」と言われますが、実際には今度の選挙では効率的なボランティアの戸別訪問による「地上戦」[*16] が圧倒的で、それが勝負の決め手だったとも聞きます。お話を伺うと、地上戦を有利に戦うためにSNSやアプリを活用したということがよくわかります。

マイルズ:さらに、3つ目の重要なアプリケーションとしては——これも名前はイマイチなんですが(笑)、「オプティマイザー(Optimizer)」というものがあります。これは米国の人がテレビ番組を視聴するさまざまなパターンを収集して分析するツールです。テレビの視聴パターンだけではなく、それ以外のソーシャルネットワーク上のデータ、例えばFacebookやツイッター、ブログ、ネット上の掲示板といったようなところからのデータも同じように収集していました。それ以外にも人口統計に基づいて「この州のこの地区にはどういう人がいる」といった情報も収集したうえで「こういう人たちがこういう場所でこういう番組を見ている」というような分析をするわけですね。そして、その結果を元にもっとも効率の良いテレビCMの戦略を作りました。つまり、オプティマイザーはターゲッティング広告をもっとも効率良く活用できるようにするアプリケーションということですね。これを使うことで最適なテレビCMへの投資ができたので [*17] 、結果として2億ドル以上のコスト削減ができました。

津田:なるほど、戸別訪問という「地上戦」の最適化だけでなく、テレビCMなどのメディア戦略——「空中戦」も徹底的にデータ解析を行うことで効率化を図ったわけですね。それにしても2億ドルとは、すごいコスト削減効果です。

 

◇有権者のポジションは変わらない

津田:2008年の前回の選挙でオバマ大統領が勝利した時に、選対チームで戦略を練っていた人が出した『YES WE DID』(邦題『「オバマ」のつくり方』)[*18] という本がすごく面白かったんですね。先ほども話に出ましたが、2008年の選挙ではMyBOというSNSを作って、そこでとにかく少額の個人献金をいろいろな人から集め、SNSで組織されたチームでモチベーション高く戦ったことが勝因と自ら分析されています。ただ、2012年の大統領選では、オバマ大統領の民主党陣営だけではなく、対立候補だったロムニー・共和党でもSNSを使って資金を潤沢に集めていた。つまり、SNSを活用した資金調達という点では2012年では両者にあまり差がなくなったわけですよね [*19] 。今回の選挙で共和党ロムニーと民主党オバマの明暗を分けたものは、資金集めよりもマイルズさんがやっていたようなデータ分析の精度だったと言われていますが、そのあたりはどう分析されていますか。

マイルズ:もちろん2008年の段階でも、2012年の段階でもテクノロジーが非常に重要な役割を果たしたことは間違いないと思います。ただ、これは非常に重要なことなのですが、最終的に誰が選出されるのかといいますと、勝者——選出された候補者というのは、その人がベストな候補者であったから大統領になれたということなんですね。テクノロジーが選挙活動の中でできることというのは、まず第一に国民に選挙登録させることであり、その次に登録させた人たちに対して実際に投票させることなんです。つまり、テクノロジーが選挙運動でもっとも有効に機能するのは、口コミなどで友人などに「登録しよう、投票しよう」と呼びかけてもらうこととも言えますね。

津田:ネットやテクノロジーは有権者のイデオロギーや政治観を変えられない——「この有権者にはこのようなアプローチをすると共和党支持から民主党支持に変わる」といったノウハウはそもそも存在しないということですか。

マイルズ:というか、今回のキャンペーンや選挙運動は「ロムニー候補に入れる」と、立場を明らかにしている有権者に対してこちらから「オバマに変更してください」とアプローチするようなことは目指してないんですよ。立場が確立した有権者を逆の方向に動かすことはほとんどできない。それは最初からわかっていることなんです。「ものすごくロムニー支持」の人が「ものすごくオバマ支持」になるわけではないし、その逆もない。ただ「この人はオバマの支持者である」という人の中には、熱烈でない限り実際に投票はしないという有権者がいるんです。それはロムニー陣営の選挙運動でも同じだったと思います。オバマ陣営の取った戦略はオバマ支持者に対して「カウチに寝そべってテレビばかり見てるんじゃなくて、立ち上がって投票しに行ってくださいよ」ということを促す運動だったんですね [*20] 。「腰が重い有権者たちをより多く投票所に向かわせた人のほうが勝ち」というレースだったとも言えます。

津田:どちらの候補者を支持するのか、それを変える勝負ではなく、選挙に対して温度差のある自分たちの陣営の支持者をどれだけ実際に投票に向かわせるのかということがポイントだったと。それは、ネットにできることは投票率を上げることだけという話ともつながりますね。

 

◇「ビッグデータ」が選挙戦を変えた

津田:日本の明治大学に海野素央さん [*21] という教授がいるんですが、彼は2008年と2012年の大統領選挙でオバマのボランティアスタッフとして参加して戸別訪問を手伝っていたんですね。彼から聞いた話 [*22] で印象的だったのは、ボランティアが戸別訪問をする際に参考にする有権者の政治的志向を表すデータが細かくなったということなんです。具体的に言うと、2008年は有権者それぞれについて「民主党支持」「共和党支持」「どちらでもない」という3段階だったのが、2012年は過去の投票履歴やボランティアが話したデータの分析精度を上げて「絶対に動かない民主党支持」「民主党支持だが心変わりの余地はある」「どちらかといえば民主党支持」「投票先は決めてない中立」「どちらかといえば民主党支持」「共和党支持だが心変わりの余地はある」「絶対に動かない共和党支持」といったようにグラデーションを細かく分けて7段階にしたそうなんです。オバマ選対は2008年の勝利後、2012年で再選すべく資金提供者や投票者などさまざまな種類のデータの「名寄せ」を実に18カ月もの時間をかけて行い [*23] 、細かく有権者の動向をセグメント化していき、それが結果として「7段階」のグラデーションにつながったのでしょうが、具体的にはどのようなデータに基づいて分析を行ったのでしょうか。

マイルズ:有権者の動向を分析するには、まず「モデル化」を行います。具体的には、性別や年齢、あとは支持の度合いといった要素を設定するんですね。そのモデルはたくさんあるんですが、2008年から2012年の選挙で大きく変わったのは「ボランティアと投票者をよりよく理解するために何をすべきか」という部分に焦点を当てたことですね。データシステム的に見ると、ソーシャルメディアに投稿される情報をかなり利活用した——ここが前回の選挙との大きな差異であるとも言えます。

津田:ソーシャルメディアの情報の利活用というと、具体的にはどのようなことをしたんでしょうか。

マイルズ:ネット上を検索していくといろいろな情報が集められるんです。例えば、ある人がものすごく熱烈な民主党のサポーターなのか、もしくは共和党のサポーターでそれを公表している人なのかということがわかったりします。ほかにも候補者に対して「すごく好きだと思っている」「あいつには投票しない」といった情報や、今までどちらかの候補者に献金したことがあるのかといった情報を集めることもできます。そうしたさまざまな情報をより多くのデータポイントから収集することによって「この人はオバマに投票するかもしれない」「絶対的にどちらかの候補者に投票する」みたいに区分けをしていくわけですね。

津田:具体的にデータを収集したソーシャルメディアは何ですか? Facebookやツイッターなどは僕もパッと思いつくのですが、ほかにはどのようなソーシャルメディアのデータが有効に機能したんでしょうか。

マイルズ:あまりにもたくさんあるので代表的なものだけ答えると、Facebookやツイッター以外だと各種のネット上の掲示板や、CNN.comなどのニュースサイトのコメント欄などですね。あとはreddit.com [*24] とか。

津田:reddit.comというと、米国で人気のある [*25] ソーシャル・ニュースサイトですね。ユーザーが記事のリンクを投稿して、それでみんなが投票して人気の記事を決めたり、記事にコメントを付けたりできる。

マイルズ:ところでredit.comには「Ask me anything」を略した「AMA」[*26] という人気コーナーがあるんですが [*27] 、オバマ大統領もこれを利用して「なんでも直接聞いてくれればいいですよ!」と呼びかけて一般の人と意見交換をしていました [*28] 。その際、ツイッターの大統領のアカウント(@BarackObama)で、彼自身がreddit上で質問にきちんと手入力して答えている、というような様子を写真でアップしたんですね [*29] 。「実際に大統領が答えているぜ、おい」みたいな感じで。大統領と直接会話ができるような機会を設けてもらえるというのが非常にエキサイティングだ! と、ネット住民たちに大ニュースとして捉えられました [*30] 。このときはreddit.comにトラフィックがものすごく集中し、あやうくクラッシュしそうになりました。

津田:日本にも「2ちゃんねる」[*31] という掲示板があって「〜だけど、なにか質問ある?」という感じで当事者がスレッドを立てていろいろなユーザーからの質問に答えていく文化があるんですが [*32] 、そこに首相が登場するようなイメージですね。確かにそれはエキサイティングです。米国の人口統計と照らし合わせると、オバマ大統領の支持層に若者が多い [*33] ということはよく知られた事実ですし、オバマ大統領の潜在的支持層である若者に人気のある場所にオバマ大統領が「降臨」することには、投票を固めていくうえでとても大きな意味があるわけですね。

 

◇可視化された「世論」を元に改善を続ける

津田:ソーシャルメディアのデータを分析するというと、2012年の大統領選で個人的に印象深かったのが、大統領候補同士が激突したテレビ討論とツイッターの関係です。10月3日夜に行われたテレビ討論で、視聴者が「#Debates」というハッシュタグを付けて討論の感想をリアルタイムにツイートしていたんですが、その翌日にツイッター社がその数を時系列に記録し、グラフ化したものを発表しました [*34] 。寄せられたツイートは1030万と非常に多く、もっとも盛り上がった瞬間は1分間に15万8690ツイートでした。グラフや記事を読み解くと、ロムニー候補がオバマ大統領に対してジョークを飛ばした瞬間で盛り上がったり、ロムニー候補から攻撃を受けたオバマ大統領が目を伏せた瞬間にソーシャルメディアが「今の反応見るとオバマは痛いところ突かれたね」みたいな反応があったり [*35] と、さまざまな「リアルタイム世論」が可視化されたわけですが、オバマ選対はこういった討論会の視聴者のリアルタイムツイートを分析して、次のテレビ討論では「データを見ると、こういうところの反応が悪かったので、次回はこういう部分を改善しよう」とか、データを元にオバマ大統領にレクチャーを行ったのでしょうか。

マイルズ:もちろんそうです。われわれはできうる限りすべてのデータをコンスタントかつ反復的に収集し、それを選挙戦略に生かしています。そしてそうやって収集された情報はマーケティング的な目的だけでなく、ボランティアを励ましたり、モチベーションを上げるためにも使います。テレビ討論のときにそれだけツイッターの投稿があった——それは選挙戦が盛り上がっているということで、すなわちそれは寄付金につながるんですね。

津田:なるほど。1回目のテレビ討論で、ソーシャルメディアで可視化された「世論」を分析すると、オバマ大統領が劣勢だったという情報がわかるわけですが、それを逆手にとって寄付を募るということもできるわけなんですね。すごい。今までのお話はとても興味深いものばかりなんですが、日本のネット環境やソーシャルメディアの利用状況から考えるといまいちピンとこない部分もあるんです。なぜかというと、日本の多くのネットユーザーは匿名で情報発信をするからです。実名以外の匿名利用を認めていないFacebookは例外ですけど。日本の多くのニュースサイトには米国と同じようにユーザーが感想を書き込めるコメント欄がありますが、そこに書かれるコメントは匿名がほとんどで、「日本のどこどこに住んでいる○○さん」というデータと紐付けられないんですよ。オバマ大統領のデータ分析の手法は実名利用率が高く、戸別訪問が解禁されている米国だから成立するのではないでしょうか。

マイルズ:コメント欄に書かれる情報で個人が特定できれば良いことは事実ですが、実名か匿名かということは、実はそれほど重要ではありません。例えば、ニュースメディアであれば、そこに何かしらの広告が出ていますよね。ウェブの広告はターゲット広告ですから、個人が特定できなくても「この広告が出ているサイトにはこういうコメントが付きがちだ」といった人口統計学的な情報が取れる。それは個人の特定とはまったく関係がないし、それだけでも十分意味のあるデータなんです。

 

◇「デジタルネイティブ」が政治を動かす

津田:お話を伺っていると、誰がそうしたデータ分析をしていたのかということに興味がわいてきます。というのも、今までのデータ分析手法を聞く限り、手法的には政治の専門家が分析しているというより、むしろ小売業者でCRM [*36] を担当しているような人が分析しているように思えるからです。今回のオバマ選対のデータ分析チームは、どのような業界から集められた人が多いんでしょうか?

マイルズ:それは面白い質問ですね。確かにビッグデータというと、普通は政治の中では語られない分野だと思います。ではビッグデータの専門家は誰か? それは一言で言うとインターネット時代の子どもたち——デジタルネイティブ [*37] ですね。Amazon、Facebook、グーグル、アップル、ツイッター、ネットフリックス [*38] のようなサービスを当たり前のように使ってきた世代とも言えます。ビッグデータに周りを囲まれるような環境で育って初めてそういうスキルを学んだベストなエンジニアが生まれるんです。分析をしていたのはそういう人たちですよ。

津田:今、マイルズさんが「ビッグデータは普通、政治の中では語られない分野」とおっしゃったように、お年を召した選挙コンサルタントにとっては「ビッグデータで選挙を勝ち抜く」という価値観そのものが理解できないんじゃないかと思います。オバマ大統領がビッグデータを活用していく決断をできた理由はどこにあるんでしょうか。

マイルズ:いや、情報をいろいろなところから集めて分析し、それを行動につなげていくという考え方自体は、大昔からあることなんですね。ただ単にそれが「ビッグデータ」と呼ばれてなかっただけです。

津田:考え方としては特に新しいものではないと。

マイルズ:はい。多くの場合、分析手法そのものは古くからある手法とまったく変わらないのですが、分析するデータの量が2000年、2004年、2008年でまったく異なっているんです。2012年の選挙戦においては収集するデータはエクサバイト・クラス [*39] になるだろうということが事前に予測されていたわけですが、2008年の時点では「ペタバイトなんて処理できないよ」とか、2004年だったら「ギガバイトのデータも処理しきれない」といったレベルだったんですよ。でも、2012年には膨大な量のデータ処理が可能になったわけですね。

津田:なるほど。クラウドやデータベースなどのツールがここ数年で飛躍的に進歩したことでビッグデータの処理が可能になったということですね。

マイルズ:ええ。過去にはギガでもペタでもできないと思っていたようなことが、今回の2012年の選挙では最先端のツールを使うことによって解析でき、そこから価値を生み出すことができたんです。「ビッグデータを選挙に生かす」ということの本質はそういうことです。

津田:データ処理はAmazonのクラウド技術などを使って行われたのでしょうか。

マイルズ:そうですね。単なる分析システムだけではなくて、ウェブアプリもウェブサイトも、演算処理も全部Amazon Web Service [*40] 上で行いました。

津田:そのようなデータ分析を行うチームやエンジニアはどのように集めたんですか? 相当粒ぞろいだと思うのですが……。

マイルズ:オバマ・フォー・アメリカの技術部門の最高技術責任者(CTO)のハーパー・リード [*41] が、ものすごく頭の良い人なんですが、彼は同時に世界中でもっとも優秀なエンジニアたちのネットワークに対して影響力を持っているんです。彼が「今回のオバマ選挙陣営においてこのような運動をやって、こういうことを成し遂げよう」と提示したビジョンが、世界中に散らばっている優秀なエンジニアに対して非常に魅力的に映ったんでしょうね。

津田:なるほど。優秀なエンジニアを集めるのはそれほど大変ではなかったと。エンジニアという人種は、お金よりも自分が学んで成長できる環境を重視する人も多いですし、オバマ選対においてはカリスマ的なエンジニアがトップにいたことで優秀なエンジニアが集まってきたんですね。ちなみに、ハーパー・リードさんはどのような経緯でオバマ・フォー・アメリカのCTOに就任されたんですか?

マイルズ:ハーパー・リードは2008年の選挙の時にすでにエンジニアとして活動していたんです。オバマ選対でCTOより上のポジションになる、イノベーションやインテグレーションを統括していた人たちが彼に「何とか今回も手伝ってください」と頼み込んで2012年もハーパー・リードが参加することになったんです。

津田:エンジニアチームの構成はどんな感じだったんでしょうか。

マイルズ:グループは2つに分けられます。1つは少人数で構成される有償ベースのボランティア。ボランティアなので普通の企業で働くより賃金は低いですが、彼らはシカゴもしくはサンフランシスコのオバマ陣営のオフィスに常駐してフルタイムで仕事をしていました。あとは無償のボランティアの人たちですね。彼らは全米のいろいろなところにいて、オンラインで接続してそれぞれの仕事をしていました。

津田:ちなみにエンジニアの平均年齢はいくつくらいですか?

マイルズ:23歳くらいですね。みんな若いエンジニアたちです。

津田:23歳! それは若いですね。

 

◇「ビッグデータ選挙」はコストがかかる?

津田:ちょっと意地悪な質問になってしまうかもしれませんが、それこそ今回のエクサバイトクラスのデータ分析のように、データ量がどんどん膨大になっていくと、当然その分お金もかかるようになりますよね。根本的な疑問として、選挙費用がどんどんかさんでいくのは良いことなのか、と。民主主義という観点から考えると、一部のお金持ちしか政治に関われなくなるんじゃないかという懸念についてはいかがですか?

マイルズ:実は、選挙運動におけるテクノロジーに関する支出比率は2008年の選挙時と比べて2012年のほうが低くなったんですよ。もちろん今回のほうがたくさんのことをテクノロジーによって実現したのですが、それでもお金はあまりかからなかった。Amazon Web Serviceを使えば、ものすごく安上がりにできますから(笑)[*42] 。ツイッターやFacebook、ブログも無料で使えます。でも、ワシントンD.C.で上着を着てネクタイをしめてロビー活動しようと思ったら、ものすごくお金がかかりますね。ですので無料のツールを使って「こういう支援がほしい、こういうことをやりたい」という声を聞くかたちであれば、貧困層であってもいくらでも政治に参加できるようになっているんです。今回選挙活動におけるテクノロジー部分を担った人間としては、最新のツールを利用してコストを抑えた活動を実現できたことをとても誇りに思っています。私も貧しい側の人間ですが、政治には参加していたいですから。

津田:なるほど。最後にマイルズさんにもう1つだけ個人的な見解をお聞きできればと思います。まだ任期途中ではあるのですが、オバマ大統領が米国の社会にもたらした最大のもの——“CHANGE”はなんだと思いますか。

マイルズ:HOPE。

津田:「希望」ですね。なるほど。よくわかりました! 今日はたくさん貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 

▼マイルズ・ワード(Miles Ward)

Amazon Web Serviceソリューション・アーキテクト。2012年、オバマ大統領の再選をサポートする「オバマ・フォー・アメリカ2012」にボランティアとして参加。バックエンドのアーキテクトとしてシステムの設計などに従事した。趣味はチューバを演奏すること。

ツイッターID:@milesward

 

[*1] 現在はORGANIZING for ACTIONに改名している。

http://www.barackobama.com/

[*2] http://www.afpbb.com/article/politics/2911016/9790084

[*3] 2012年の選挙を経て、現在はORGANIZING for ACTIONに吸収された。

http://www.barackobama.com/

[*4] http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080530/305325/

[*5] http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35024226/

[*6] http://www.nikkei.com/article/DGXDASGM0100V_R00C12A8EB1000/

[*7] http://aws.amazon.com/jp/

[*8] http://aws.amazon.com/jp/career_engineer/

[*9] Amazon Web Serviceで動くツールなどを開発するサードパーティー担当のソリューション・アーキテクト。

[*10] http://awsofa.info/

[*11] http://letthejourneysbegin.wordpress.com/2012/08/19/introduction-to-dashboard-ofa-online-organizing-network-for-obama-for-america/

[*12] 仕事の割り振り、スケジュール調整など。

[*13] http://www.wired.com/gadgetlab/2012/07/obama-campaign-launches-app-to-support-grassroots-efforts/

[*14] http://mainichi.jp/opinion/news/20121005ddm003070125000c.html

[*15] http://www.nikkei.com/article/DGXNASGN0602K_W2A101C1000000/

[*16] 「地上戦」は戸別訪問、「空中戦」はメディア広告を意味する。

[*17] 有効的なテレビCM枠をデータ解析によって導き出した結果、従来では考えられなかったゾンビドラマ『ウォーキング・デッド』の合間に選挙のCMが流れることになったというエピソードも。

http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35024226/4/

『ウォーキング・デッド』

http://tv.foxjapan.com/channels/fox/lineup/twd-1/

[*18] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448409116X/tsudamag-22

[*19] http://senkyolabo.com/report/2012usapresident.html

[*20] 実際にツイッターではミシェル・オバマ夫人をフォローすると、フォローバックがあり、ツイッターを通じて「投票に行きましょう」ということを呼びかけるメッセージが送られたという。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20121212/240898/

[*21] http://www.nikkei.com/article/DGXNASGN0602K_W2A101C1000000/

[*22] 2012年の大統領選挙開票日に合わせて放送された日本の米国大使館とニコニコ生放送のコラボレーション番組「アメリカ大統領選【オバマvsロムニー】開票まで16時間ぶっ通し!解説&実況生放送」で語られた。

http://live.nicovideo.jp/watch/lv113674556

[*23] http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35024226/4/

[*24] http://www.reddit.com/

[*25] http://nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1201/06/news088.html

[*26] http://www.reddit.com/r/AMA/

[*27] AMAには多くの著名人が登場し、ユーザーからの一問一答に答えている。

●ビル・ゲイツ

http://batgirlnews.hateblo.jp/entry/2013/02/12/112922

●アーノルド・シュワルツェネッガー

http://news.aol.jp/2013/01/16/arnold-schwarzenegger-reddit-ama/

●PSY

http://www.reddit.com/r/IAmA/comments/120oqd/i_am_south_korean_singer_rapper_composer_dancer/

●トレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)

http://www.reddit.com/r/IAmA/comments/134vgv/i_am_trent_reznor_of_nine_inch_nails_and_how_to/

[*28] http://jp.techcrunch.com/2012/08/30/20120829president-barack-obama-joins-reddit-does-an-ama/

http://societa.infobahn.co.jp/2012/08/11941/

http://estorypost.com/news/obama-ask-me-anything-on-reddit/

http://zen.seesaa.net/article/289108286.html

[*29] https://twitter.com/BarackObama/status/240909486234161152

[*30] この一問一答についてはあらかじめかなり綿密に用意された想定問答が作られており、質問の中にはオバマ支持者が自作自演的に投稿したプロパガンダも含まれるのではないかと疑いの目を向ける人もいる。

http://cpplover.blogspot.jp/2012/09/redditama.html

[*31] http://2ch.net/

[*32] http://2chcollect.blog134.fc2.com/

[*33] http://www.asahi.com/international/president/analysis/TKY200802230128.html

http://jp.wsj.com/public/page/0_0_WJPP_7000-538498.html

http://ameblo.jp/rumicommon/entry-11398543657.html

[*34] http://blog.twitter.com/2012/10/dispatch-from-denver-debate.html

[*35] http://longtailworld.blogspot.jp/2012/10/presidential-debate-sparks-103-million.html

[*36] http://www.itmedia.co.jp/im/articles/0311/02/news002.html

[*37] http://japan.internet.com/busnews/20081118/6.html

http://www.cnn.co.jp/tech/35025673.html

[*38] 米国で人気のビデオ・オン・デマンドサービス。

http://www.netflix.com/

[*39] http://www.nttpc.co.jp/yougo/EB.html

[*40] http://aws.amazon.com/jp/

[*41] http://japan.zdnet.com/cio/sp_12mikunitaiyoh/35024785/2/

[*42] http://www.kddi-ri.jp/pdf/KDDI-RA-201212-01-PRT.pdf#page=8

最終更新: 2013年5月19日

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