記者による実名ツイッターの解禁で朝日新聞はどう変わる? (津田大介の「メディアの現場」Vol.20より)
津田マガ記事
(※この記事は2012年1月25日に配信された記事です)
◆記者による実名ツイッターの解禁で朝日新聞はどう変わる?
——1月23日、朝日新聞の記者が実名でツイッターを始め、一部で話題になりました。朝日新聞のニュースサイト「朝日新聞デジタル」では、「Twitterアカウントの紹介」というページでこの試みに参加する記者15名のアカウントが紹介されています。[*1] 朝日新聞では以前から盛んにツイッターを使っていますよね。ツイッターを使った取り組みを始めたのはいつからなのでしょう?
津田:朝日新聞がツイッターを始めたのは、日本の一般紙ではもっとも早かったんですよ。2009年の6月8日に「@asahi」というアカウントを取得し、[*2] 6月10日からサッカー日本代表ワールドカップの実況を行ったんですね。[*3] その担当をした「マッキー」という若手女性記者のツイートがあまりにもユルかったため、話題を集めたんです。[*4]
そこから先、朝日新聞は社会部(@asahi_shakai)や国際報道部(@asahi_kokusai)といった部局ごとのアカウントを作り、ツイッターに課せられた140字という制約内でのジャーナリズム——「マイクロジャーナリズム」の可能性をある種、既存メディアという枠組みの中で追い求めてきたと思います。
福島総局(@asahi_fukushima)のアカウントなんかは、3.11以降、震災に関する情報発信を行ってかなり存在感を示したし、朝日新聞官邸クラブ(@asahi_kantei)のツイートはお堅い政局報道の中で独自の存在感を放っている。部局ごとにカラーが違っていて、それぞれ切磋琢磨してるみたいなところもあります。
そういう意味で言うと朝日新聞は、ツイッターというものを今までもそれなりにうまく使っていたと思うんですね。でも、あくまでもこれは「部局としての発信」です。今回はそうではなく、記者の実名を出してツイッターをやらせています。これは実は、日本のメディア史においても相当大きな転換点なんじゃないかなと個人的は思っているんですよ。
——今は誰でもツイッターをやっている時代です。それなのに、記者が自分の名前と所属を明らかにしてツイッターをやるだけのことが、なぜ日本のメディア史の転換点になるのでしょう?
津田:新聞記者がネットを使ってどう情報発信していくか。実はこれがツイッター以前、ホームページやブログの時代からずっと問題になってきたんですね。新聞は長年にわたり、世の中の人々に広く真実を伝える「社会の木鐸」として機能してきました。したがって、その記事には正確さはもちろん、公平性の担保のような報道倫理が求められます。そこで新聞各社は、記者の書いた記事をチェックするデスクを置き、さらに校閲部を置き——とチェックにチェックを重ね、たとえ記事に何らかの問題があったとしても、外に出る前に阻止できる体制を作ってきました。新聞そのものの信頼性は、このような努力によって支えられてきたわけです。ところが、ネットの登場によって、個人が広く世の中に向けて情報発信できるようになると、今までになかった問題が発生します。仮に記者が所属している新聞社と自分の名前を明らかにし、ブログやツイッターなんかで情報発信を行ったとしますよね。すると見る側は、新聞記事と同レベルの情報だと捉えてしまう。仮に内容に誤りがあったり、倫理的な差し障りがあったとしたら、それはある意味で新聞社の問題のように受け止められてしまうわけです。
だからブログやツイッターの扱いは新聞社にとってかなりセンシティブな問題だったし、そこで働く人たちも上を気にしつつ、おそるおそるやっていたわけです。匿名にしたり、会社名をぼかしたり、記者であることすら隠したり——と。明確な規定を定めるのではなく、暗黙のうちにツイッターやブログを禁じている会社が多かったので、なおさらです。
こういう歴史を踏まえるならば、記者に実名と所属を明らかにしてツイッターで情報発信することを許し、「朝日新聞デジタル」というオフィシャルな位置づけのサイトからリンクを張りますよ、というのは、かなり思い切った話だと思います。
——実際、記者が実名で情報発信をして、何か問題に発展したことがあるのでしょうか?
津田:有名なところで言うと、ちょうど10年ほど前に日経新聞がそれで裁判になっています。オンラインニュースサイト「MyNewsJapan」[*5] を主宰する渡邉正裕さんは日経新聞の記者時代、個人サイトをやっていたんですね。けれど、社によってその全面閉鎖を命じられたんです。それで一度はサイトを閉じたものの、また再開して懲戒処分になりました。渡邉さんはその取り消しを求めて2001年、裁判を起こし、結局敗訴します。[*6] これが記者によるネットでの情報発信が問題となった最初期の事例です。
——業界全体として、記者が実名で行う情報発信には慎重だったということですね。それなのになぜ、朝日新聞は記者によるツイッターの実名利用を公式に解禁したのでしょう?
津田:朝日新聞は、実は今までにもいろいろと先進的な試みを行ってきているんですよ。たとえば、内部告発サイトの「ウィキリークス」[*7] との提携。ウィキリークスでは、ガーディアンやシュピーゲル、ニューヨーク・タイムズ、ルモンドのような各国のメディアと提携して生データを提供し、検証を行ったうえで記事にしてもらっています。朝日新聞は日本で唯一、ウィキリークスからデータ提供を受けているメディアなんですよ。ウィキリークスには朝日新聞以外も、日本のさまざまなメディアがコンタクトを取ったけれど、最終的に提携先に選ばれたのは朝日新聞でした。ネットメディアと接触し、それを報道に活かす。朝日新聞は非常に保守的な新聞社でありつつも、一方で非常に革新的なところがあるわけです。だから時流を見て「入念なチェックが前提となっている従来型の新聞報道だけでなく、取材現場から記者がすぐに情報を流すリアルタイム報道を起こしていかない」と思い、今回の実名利用解禁に踏み切ったのかもしれません。
——海外では新聞記者による実名でのツイッター利用は盛んに行われているのでしょうか?
津田:ニューヨーク・タイムズをはじめとする海外のメディアでは、記者がツイッターやブログで情報発信する動きが昔からあって、名物記者が個人名でアカウントを取り、現地に行って取材したことをポンポン書いていたりします。けど、ツイッターによるマイクロジャーナリズムの流れが加速し始めたのは、ここ2、3年じゃないですかね。
影響しているのは、北アフリカや中東で起こった「アラブの春」という一連の民主化運動です。このような民主化運動では、めまぐるしく状況が変わります。そういう状況では、記者が記事を書いてデスクがチェックして……という過程を経るよりも、現地に派遣された記者が直接見聞きしたことをリアルタイムで発信したほうがいい。
この時、それに適したツールとしてツイッターがクローズアップされたわけです。これによって「組織に属していようと個人であろうと、ジャーナリストがツイッターを使わないわけがないよね」という共通認識ができあがってきました。
——記者の実名によるツイッター利用には、具体的にはどのようなメリットがあるのでしょう?
津田:何よりも「読者との対話の回路が一つ開かれる」と言えるんじゃないですか? 今まで紙の新聞では、記事に対する意見や記者への連絡は、すべてお客様相談室みたいなところで受け付けられ、そこでフィルタリングされていました。
それが記者がツイッターを始めることによって、書いた記事に対するレスポンスが直接本人に届くようになります。これからは「この人だったら信用できそうだ」と思う記者に一般の人が情報をリークする、といったことも起きてくるでしょう。
逆に記者のほうが「明日の朝刊に自分が書いた記事が載るので読んでください」となったら、「この人が書いてる記事だったら読みたい、朝日新聞は購読していないけど、買ってみようかな」みたいになるわけじゃないですか。今は紙の新聞を駅売り店で買うことだってできるし、電子版もスタートしているからそちらで買うこともできる。
あとは紙面に載っている署名記事とツイッターアカウントを連動させれば、直接質問が受けられるようにしたり、補足情報を上げたり——ということもできますよね。
それからもう一つ、大きなメリットがあります。それまでだったらボツになっていた記事でもツイッターなら伝えられる、ということです。
僕は3.11以降、講演やパネルディスカッションなどで「やっぱり新聞記者はツイッターをやるべきだ」とあらゆる機会で言ってきました。朝日新聞や読売新聞のような大手新聞社は震災直後、被災地に100人近く記者を派遣して取材していたんですよ。僕も4月に東北取材に行ったので、その時、向こうで彼らと話をしてみたんですね。すると、みんな取材はたくさんするんだけど、「取材してつかんだ事実が10割だとして、実際に記事になるのはそのうち1~2割だ」と言うんですよ。つまり、取材はしたものの、記者のメモにしか残らない事実って、すごくたくさんあるわけです。
新聞紙面には限りがあるから、何か大きなニュースがあれば、そちらの記事が優先的に掲載されるのはわかります。でも、今はツイッターを使えば、すぐに情報発信ができる時代です。紙面から漏れてしまった8割の事実を、どんなかたちでもいいから余すことなく伝えていく。それによって被災地のディテールが明らかになっていくんじゃないかと僕は思っているんです。これは被災地取材だけでなく、すべての記事で言えることでしょう。
——ツイッターによるマイクロジャーナリズムが、紙面に掲載されている記事の隙間を埋めていくと。
津田:そうです。だから一行情報、ミニ情報みたいなものを流すだけでもいいと思うんですよね。取材で得た裏取り済みのファクトを、ツイッターを通じ、記者の言葉で流していく。「ここに取材してきました」「これはこうです」というファクトをそのまま伝えることにも、すごく意味があるんですよ。ツイッターで流した情報を、あとから再構成してストックの記事にすることだってできるわけだし。
——「読者との対話の回路が一つ開かれる」ということは、それによって今まで起きなかった問題が発生するおそれもあるわけですよね。
津田:間違いなく問題が発生するでしょうね。今回、各部局を代表して実名ツイートを始める記者たちは、みんな経験を積んだベテラン記者ばかりだから大丈夫だと思うけど、経験がない若い記者が入ってきた時、炎上が起きることは想像に難くない。でも、当然朝日新聞はそれを見越しているんだろうなと。そうじゃなきゃこの決断はできないですから。そのリスクを冒しても記者による実名ツイッターを解禁すると決めた。これは、かなりの英断だと僕は思ってるんですね。記者のツイッターがいつ炎上するかわからないけど、社としては「炎上しながら学んでいくしかない」と考えているんだろうなと。記者が実名でつぶやくことによって、ほかの記者も刺激を受けるだろうし、組織人のジャーナリストもずいぶん働き方が変わってくるんじゃないかなと思います。良い方向に行くことを期待したいですね。
——この試みには、ビジネスモデル上の思惑もからんでいるのでしょうか?
津田:もしかするとそうかもしれません。新聞にとって、2012年は大転換期になるはずです。おそらくは無料でニュースを読めるサイトが減り、有料化の流れが加速するでしょう。
先陣を切っているのは日経新聞です。同社は2010年3月に無料ニュースサイト「日経ネット」を閉鎖し、「日本経済新聞」電子版[*8] を創設しました。同サイトでは2011年12月19日現在、有料・無料会員合わせて120万人を突破、有料会員単体では17万人に達しているとされます。[*9]
この流れに乗り、今年は読売新聞、毎日新聞、中日新聞が同様に電子版を創設すると見られているんですね。おそらくはMSNと組んでいる産経新聞以外は全部、この流れに追随するのではないでしょうか。もしかすると、今年や来年にも「ネットで無料で読めるニュース記事は産経しかないね」みたいな状況になるかもしれません。
こうしてストックとしてのニュース記事はすべて有料に、フローなジャーナリズムと有料記事への誘導はすべて無料で見られるツイッターで、というふうになってくるのではないかと。
朝日新聞は1月23日午前、無料ニュースサイトの「アサヒ・コム」を閉じ、2011年にスタートした無料と有料部分のある電子版「朝日新聞デジタル」に一本化しました。[*10] つまり、記者による実名ツイッターの開始と同日に一本化されたんですね。これはニュース記事の完全有料化に向けた布石でしょう。
その意味でも今回朝日新聞が行った記者による実名ツイッターの解禁はインパクトの大きい出来事だし、ほかの新聞社も結果がどう出るか注視しているのではないでしょうか。
[*1] 該当ページは下記のとおり。
海外のニュースサイトでは「ニューヨーク・タイムズ」も似たような構成を取っている。
なお、朝日新聞のツイッターアカウント「コブク郎(@asahi_tokyo)」では、このニュースを次のように報じている。
https://twitter.com/#!/asahi_tokyo/status/161458843077980162
[*2] http://codezine.jp/article/detail/4043
[*3] https://twitter.com/#!/asahi/status/2072054144
[*4] http://netafull.net/twitter/030864.html
http://japan.cnet.com/sp/twitter2009/20399223/
[*5] http://www.mynewsjapan.com/
[*6] http://www.mynewsjapan.com/blog/masa/199/show
[*9] http://www.nikkei.com/topic/20111220.html
[*10] http://www.asahi.com/shimbun/release/20120123.pdf
最終更新: 2012年1月25日