2030年、日本の原発はゼロになる? (津田大介の「メディアの現場」Vol.44より)
津田マガ記事
(※この記事は2012年9月05日に配信された記事です)
◆2030年、日本の原発はゼロになる?
——2030年という近い未来、日本は電力のどれくらいを原発に依存すべきか——この7月から8月にかけて、内閣府国家戦略室に設置されたエネルギー・環境会議 [*1] は、国民の意思を問う調査を行いました。パブリックコメント、意見聴取会、討論型世論調査。これら3つで構成される今回の調査は、「国民的議論」と総称されています。その結果を見てみると、「原発ゼロ」を求める声が圧倒的に多く、新聞ほかのメディアでも大きく報じられました。この国民的議論では、原発をゼロにする案を含めた「3つのシナリオ」[*2] が示され、どれを支持するか訊くという方法が採られたそうですね。
津田:はい。電力会社が電力を供給するにあたっては、原発、化石燃料、再生可能エネルギーのように、さまざまな発電方法を組み合わせています。そのうち原発の占めるパーセンテージを2030年までにどうするか——その視点から「ゼロシナリオ」「15シナリオ」「20〜25シナリオ」が示されました。これが「3つのシナリオ」です。各シナリオでは、それを採用することで、家庭の1カ月の電気代や国の実質GDPがどう変わるかまで示されています。3つのシナリオの前提となっているのは、「原発依存度を減らす」「化石燃料依存度を減らす」「再生可能エネルギーを最大限引き上げ、省エネルギーを進める」「CO2排出量を削減する」という4つの方針です。持続可能で地球環境に優しい。時流にのっとった考え方と言えるでしょうね。
——今回、3つのシナリオを示し、国民的議論を取りまとめたのは、「エネルギー・環境会議」という組織ですよね。この組織の役割は何なのでしょう?
津田:一言で言うと、国の将来的なエネルギー・環境政策を考えるために発足した組織です。2011年3月11日の東日本大震災以降、福島第一原発事故の影響で、電力をはじめとするエネルギー問題に一気に注目が集まり、「脱原発」が叫ばれるようになりました。けれど、実はその前年の2010年に作られた「エネルギー基本計画」では、総電力に占める原発の割合を2030年までに50%に引き上げるという目標を立てていたんですね。しかし未曾有の大事故が起きた今、この計画をそのまま実行するわけにはいきません。そこで2011年5月10日、当時首相だった菅直人氏は、この計画を白紙に戻すと宣言しました。[*3] その時、新たにまたひとつの問題が浮上してきます。エネルギー基本計画を含むエネルギー・環境政策全般を見直すにあたり、どこに司令塔を据えるべきか——。原子力をはじめとするエネルギー・環境政策は現在、経済産業省の外局である資源エネルギー庁が所管しています。一方、原発の安全を確保する原子力安全・保安院も、同じ資源エネルギー庁に属しているのです。つまり、原子力を推進する役所と規制する役所が同じ状態。これでは原子力を規制しようにも、ガバナンスが利くわけがありません。これから新たなエネルギー・環境政策をまとめていこうという時、少なくとも経産省にはその仕事を任せられないですよね。独立性がもっとも高い官庁はどこか——そう考えた時に浮上してきたのが内閣府の国家戦略室でした。そして2011年6月22日、国家戦略担当大臣のもと、第1回目のエネルギー・環境会議が開催されました。もっとも、国家戦略室でこの会議をとりまとめている役人は経産省から出向してる人もいるという話なので、実質的には経産省もこの問題にコミットしていると言っていいのかもしれませんが、省庁より上にある内閣という立場がこれを仕切ってやるという形にはなった。とにもかくにも、会議は立ち上がり、「革新的エネルギー・環境戦略」と呼ばれるエネルギー・環境政策の方針を2012年にもまとめるべく、今に至るまで話し合いを行ってきたわけです。この革新的エネルギー・環境戦略は、現在新たに策定中の政策——内閣府・原子力委員会 [*4] の「原子力政策大綱」、経産省・総合資源エネルギー調査会 [*5] の「エネルギー基本計画」にも反映される予定となっています。つまり国にとって、それだけ重要な戦略なんですね。パブリックコメント、意見聴取会、討論型世論調査の三本柱で行われた今回の国民的議論も、同戦略策定の一環として実施されたものです。
——世論を吸い上げるだけなら、1つの方法でもよさそうです。なぜ3つも行ったのでしょう?
津田:もう少し小規模な政策だったら、有識者で話し合った後、必要に応じてワーキンググループを作って議論し、パブコメにかけてから「こういう方向でいきます」と報告する——それでいいかもしれません。だけど今回のエネルギー・環境問題は、国の今後を左右しかねないじゃないですか。だから、民意を問う手段を3つ使い、最後の総仕上げとしてドーンとやった、ということでしょうね。そもそもどんな調査方法にも、それぞれ一長一短があります。たとえばパブコメの場合、メールやFAX、郵送などで、誰でも自分の意見を表明できます。政策を制定する側からすれば、自分たちが見逃していた論点が、パブコメを通じて見つけられる可能性があるんですね。反面、ものを言いたい人がやってきやすく、サンプルが偏りがちになります。決まった会場に意見表明希望者が集まるという意見聴取会にも、それと似た傾向があります。討論型世論調査は日本ではまだなじみがありませんが、熟議を通じ、参加者の意見がどのように変わったか調べられる調査方法で、複雑な社会問題を総合的に考えるのに適していると言われます。
——国民的議論の一環として行われた調査の中でも、今回注目されたのは、パブコメですよね。7月2日から8月12日までの募集期間で寄せられたその数は、およそ8万9000件。パブコメは通常、1000件も来れば「多い」とされると聞きます。[*6] 今回は今まで実施されたパブコメの中でも、異例の多さではないでしょうか。
津田:前例はいくつかあるんですよ。最近では、環境省が2011年7月28日から8月27日まで公募した「動物取扱業の適正化について(案)」がすごかったですね。[*7] 販売用の子猫や子犬をどれくらいで親から引き離すかという問題などをめぐり、動物愛護法の改正を検討するというものです。この時はペット業者と動物愛護団体の間で動員合戦が繰り広げられた結果、最終的には約12万件のパブコメが集まりました。[*8] 同省の動物愛護管理室ではメールとFAXが一時パンクし、受信不能に陥ったといいます。ここまでの勢いになったのは、ツイッターやUstなど、ネットでの情報拡散があったからではないかと僕は見ています。音楽家の坂本龍一さんが顧問を務める「FreePets」[*9] という動物愛護団体があって、この団体はパブコメ募集に先立つ2011年7月26日、動物愛護法改正に向け、3万人超の人から集めた嘆願署名を坂本さんとともに国に提出するもようをUst中継しました。[*10] さらにその後、ウェブサイトやツイッター(@FreePetsJP)を通じてパブコメ提出を呼びかけるなどしています。[*11] この呼びかけがパブコメの数にどれだけ影響があったのかはわかりませんが、「問題の周知」という意味では一定の役割は果たしたんじゃないかとは思います。
それから、今を遡ること8年前の2004年にも、多数のパブコメが集まった例があるんですね。同年8月6日から9月6日まで意見を募集した「800MHz帯におけるIMT-2000周波数の割当方針案」です。[*12] その件数は、およそ3万3000件にも上ります。これはどんな内容だったか。総務省が携帯電話に800MHzの周波数を割り当てることになり、従来からその帯域を利用していたNTTドコモとKDDIグループを対象にするとの方針を示したんですね。これに猛反発したのが、ソフトバンクグループの孫正義社長です。ソフトバンクは当時、800MHz帯への新規参入を目論んでいました。そんな状況で「既存業者のみを割り当て対象とする」という方針を示されたら、面白いはずがありません。そこで孫さんは、同グループのネット接続サービスを使っているユーザーにメールを一斉送信し、パブコメ送付を呼びかけたんですね。携帯電話の世界に新規事業者が参入し、競争が促進されれば、その料金は今とは比較にならないほど安くなる——と。[*13] 結果、総務省にはメールによるパブコメが殺到しました。寄せられた内容を見ると、総務省案に対する反対意見が圧倒的多数で、全3万3000件のうち、3万2000件超を占めていたということです。[*14]
ほか、話題になったところでは、2009年に厚労省が募集した「『薬事法施行規則等の一部を改正する省令の一部を改正する省令案』に関する意見の募集結果について」があります。[*15] パブコメは通常、1か月程度の期間、意見を募ります。しかしこの時は、対象となった改正薬事法の施行が6月1日に控えていたため、5月12日から5月18日までという異例の短期間で募集を締め切りました。大まかな内容は、大衆薬の通信販売を禁止する、というものです。仮にこれが通れば、当然ながら、ネット通販も規制されることになります。そこで乗り出してきたのが、ネット通販大手「楽天市場」を率いる三木谷浩史社長です。三木谷さんは楽天市場内にページを設け、ユーザーにパブコメ送付を呼びかけました。[*16] この時は、短期間の募集にもかかわらず、約1万件ものパブコメが集まっています。[*17]
実は、僕が代表理事を務める「MIAU」でも、パブコメ送付を呼びかけたことがあるんですよ。MIAUはネットユーザーの声を集約し、政策提言を行うため、ITコラムニストの小寺信良さんと僕が発起人となって、2007年10月に設立した団体なんですね。その最初の仕事が、当時通ろうとしていた著作権法改正——ダウンロード違法化に対する反対運動でした。[*18] 法案改正が議論されている時には、その採否によって利益が左右される業界団体が、パブコメを大量に送ってくることがあるんですよ。社員や関係者を動員し、「一般人を装って、こういう意見で送れ」ってね。端的だったのは2004年の著作権法改正時における「輸入権」のときですね。音楽業界関係者宛に送られた「賛成のパブコメ送れ」という動員をかけるメールを見たことがあります。おそらくダウンロード違法化をめぐっても、レコード会社が動員をかけてくるに違いない。向こうがその手でくるんだったら、こっちはネットの力で対抗してやろう。多くの反対意見を集めても、文化庁の決定は覆らないかもしれない。それでも「一般市民の意見に反するかたちで、ダウンロード違法化を強行した」という証拠を残しておいたほうがいい——そう思って、誰でも簡単にパブコメの文面が作れるよう、テンプレ [*19] やジェネレーター [*20] を用意したんです。蓋を開けてみると、2007年10月16日から11月15日まで [*21] の募集で、集まった数は約8700件。[*22] 9割近くがダウンロード違法化に対する反対意見でした。著作権系のパブコメで1000を超える件数が集まるのは異例だったようで、文化庁の職員は、三日三晩を意見の整理に費やしたと聞きました。
——多くの数が集まった例には、一定の傾向がありそうです。
津田:「名前の知れている人が音頭を取って広めた」「何らかのかたちでネットがからんでいる」という傾向がありますね。パブコメにはメールで送れるものも多いから、ネットで情報が拡散すると、件数が集まりやすいんですよ。
——パブコメがたくさん集まれば、当然ながら政策にも、多数派の意見を取り入れざるを得ないですよね。
津田:ところが、決してそうとは言えないんですよ。パブコメが数多く集まった事例でも、多数派の意見が政策に取り入れられず、スルーされてしまうことがほとんどです。三木谷さんの事例もNGだったし、MIAUがかかわったパブコメでも、法案は通ってしまいました。孫さんの時なんて、その意見が政策に取り入れられなかったばかりか、行政指導まで受けたんですよ。「自社サービスの利用者に、パブコメ呼びかけメールを送る」という行為が「電気通信事業における個人情報保護に関するガイドライン」に違反しているという理由でね。[*23]
——国民の意思が政策に反映されないなんて、民主的とは言えないように思います。
津田:パブコメの目的は、多数決で結論を決めることではないんですよ。日本では、一般市民が行政にコミットする手段がなかったんですね。それで2001年、行政機関が新たに政令や省令を定めようとする際、あらかじめその案を公表し、広く国民から意見、情報を募集するというパブコメ制度ができたんです。[*24] その目的は大まかに言うと、それまで閉じられていた政令や省令の決定プロセスをオープンにすること、そして、それらの策定にあたって考慮すべき視点が抜け落ちていないか確認すること。つまりパブコメは、市民が政策に対して態度表明できる貴重な機会ではあるけれど、「どのような意見が多いか」を問う制度ではありません。だから特定の意見が多数を占めていたとしても、必ずしもそれに応じて事態が動くわけではないんですよ。
——なるほど。「パブコメは数じゃない」ということですね。
津田:はい。パブコメには、何か言いたいことのある少数意見者——「ラウド・マイノリティ」が大挙して押し寄せる可能性があります。加えて、今まで説明してきたように、動員がかけやすいんですね。だから結果にバイアスがかかり、特定の意見に偏りがちになります。大阪市でこの5月、市政改革プランの素案に関するパブコメを募集した時、2万件もの意見が集まった。[*25] でも、その9割が反対意見だった——大阪市の橋下徹市長は6月22日、これについて訊かれ、次のように答えたと言います。「反対が9割といっても反対の人がコメントを出すことが多いわけですから。世論調査でやるような抽出作業をしていないので統計的には意味がない。市全体の意思を反映していないのだから、政策に反映させたら大変なことになる」と。[*26] 橋下さんの言うことも、一理あるといえばあるんですよ。僕個人は、パブコメでどういう意見が多かったかも、考慮すべき要素の一つだろうとは思いますけどね。有識者や官僚が熟慮の末に作り上げた政策を、パブコメの結果によって全面的に覆してしまうとしたら、いかがなものかと思うけど。反対意見が多かった場合は、それを決定に対する条件設定や一定の「リミッター」やとして活用する——そんな仕組みにならなければ、そもそもパブコメ制度自体やる意味がありません。
——今回、国民的議論の一環として募集されたパブコメは、どのような経路で約8万9000件も集まったのでしょう?
津田:今回の原発パブコメは福島第一原発事故後、一般市民がエネルギー・環境問題に対する態度を正式に表明できる数少ない機会でした。そういうこともあってか、特に音頭を取る人はいなかったけれど、ネットはもちろん、市民団体の活動やイベントなどを通じ、草の根的に広がっていったという印象がありますね。僕が今夏、社員旅行で行ったフジロックの会場のNGPビレッジでも、このパブコメへの参加を呼びかけているブースがありました。[*27]
——国民的議論でパブコメとともに行われた調査に、「意見聴取会」がありますね。これはどのようなものなのでしょうか?
津田:意見聴取会とは、特定のテーマについて意見を述べたい人に会場まで来てもらい、その考えを発表してもらうというものです。今回は宮城県仙台市、北海道札幌市、富山県富山市ほか全国11カ所で開催され、会場に集った意見表明希望者の中から、「ゼロシナリオ」「15シナリオ」「20〜25シナリオ」それぞれの支持者を抽選で3名ずつ選び、意見を述べてもらうという形式で行いました。[*28]
——意見表明を希望した人たちは、3つのシナリオのうち、どれをもっとも支持していたのでしょうか?
津田:内訳を見ると、やはり「ゼロシナリオ」支持者が一番多いんですよ。たとえば、さいたま市に集まった意見表明希望者のうち、309名中239名がゼロシナリオ支持。15シナリオは30名、20〜25シナリオは40名でした。ゼロシナリオがダントツなんです。今回の意見聴取会では、各シナリオとも意見表明者を一律3名としていました。でも考え方としては、支持者の割合に応じて人数を割り振るのもアリだと思うんです。それが均等になっている。このあたりはもう少し、検討の余地があったんじゃないかと思います。「少数意見にもきちんと耳を傾けよう」という意図があったのかもしれないですけどね。
——そういう聴取会のやり方に対し、疑問の声は上がっていないのでしょうか?
津田:いくつかありますね。たとえば、毎日新聞は7月18日付の同紙社説で、次のように指摘しました。「発言者が一方的に考えを述べ、質疑も議論もない。意見はまったく集約されないが、これをどうやって政策決定に反映させるのか」と。[*29] 確かに今回の意見聴取会では、各シナリオ支持者の意見を聞いて、その「質」的な部分をすくい上げ、何らかのかたちで集約する必要があったはずです。でも、最終的に示された結果は、各シナリオ支持者の「数」にすぎませんでした。調査設計者は果たして、どのような結果を得ようと考え、この調査を行ったのか——そこが正直、見えづらかったところではありますね。
——さらに今回の意見聴取会には、原発の利害関係者が参加していたため、一悶着あったと聞いています。
津田:はい。電力会社の社員が参加していたことがわかっています。仙台市の聴取会には東北電力の企画部長が、名古屋市の聴取会には中部電力原子力部の課長が参加していて、それぞれ原発の必要性を訴えました。立場を明らかにして意見を表明していたらいいと思いますが、そうではなかったわけですから。その点では公平性に疑問を残す結果になりましたね。こうした運営周りのゴタゴタもありました。
——そして、国民的議論3つ目の「討論型世論調査」。これは初めて聞く調査です。具体的には、どのようなものなのでしょう?
津田:少し前、「熟議」という言葉が流行ったじゃないですか。この討論型世論調査で行うのは、まさにそれです。[*30] 通常の世論調査を見ていると、みんなどうしても、メディアの意見に流されてしまうところがあります。でもメディアは情報を伝える時、物事をわかりやすく単純化しがちです。今回のようなエネルギー問題は、考慮すべき要素がたくさんあるだけでなく、ものすごく複雑にからみあっている。本当だったら、そう簡単に結論が出せるはずもありません。十分な知識と検討がなければ、無理なんですよ。討論型世論調査では、参加者が知識のインプット、そして討議を繰り返しながら、考えを深めていくんですね。それによって参加者の意見と態度に変化が生じ、真の意味における民意が得られるとされています。繰り返しになりますが、今回の国民的議論の結果次第で、国の政策は大きな影響を受けます。それで今回、国民的議論の一環として、この調査が取り入れられたのでしょうね。
——今まで討論型世論調査は、どのようなテーマをめぐって行われてきたのでしょうか?
津田:この調査はスタンフォード大学のフィシュキン教授とテキサス大学のラスキン准教授によって生み出され、1994年にイギリスで「治安と犯罪」をめぐって最初の実験が行われて以来、15以上の国や地域で実施されています。その数、40回以上です。議題の一覧を眺めていると、やはり各国にとって大切な、重たいものが多いですね。いくつか例を挙げると、1996年から1999年までアメリカ・テキサス州で行われた「エネルギー政策」についての調査。最近では2007年にイタリアで「移民政策」、2008年にアメリカ・カリフォルニア州で「住宅政策」に関する調査が行われています。[*31]
——実施の際は、どのような過程を経るのですか?
津田:まず最初、参加者候補を選ぶ部分では、普通の世論調査と同様、「RDD方式」と呼ばれる方法を使っています。これは参加者の属性に偏りが出ないようにするため、コンピュータに乱数計算をさせて固定電話の番号を作り、無作為抽出で電話をかけるというものです。今回の討論型世論調査では、そのようにして参加者候補をリストアップし、通常の世論調査を電話で行ったうえで、「議論をしたい」と希望する人を対象にしています。この調査では参加者に資料を事前に送り、読んでもらうんですね。これは議題に関する複数の見解を簡単に要約し、論拠や基礎資料を添えたものです。そして週末の2、3日、会場に集まってもらい、小グループによる討論、全体会議、議題に詳しい有識者への質疑を繰り返します。このようなステップを踏み、参加者は十分な情報を得、与えられたテーマに対する考えを深めていくんです。そして事前・事後のアンケートを見ると、参加者がどのように変化したかわかる、というわけです。
——方法論がきっちりできあがっているんですね。
津田:そうなんですよ。きちんとした制度ができあがっているんです。この調査では、小グループで行う討論にモデレーターが入り、進行を行っているんですね。彼らの役割は重要なので、事前に決まった研修を受けています。今回の調査では、討論型世論調査を考案したフィシュキン教授とラスキン准教授の二人が設計段階で監修に入っています。実施段階では、日本で唯一の討論型世論調査に関する研究機関・慶應義塾DP研究センターが深くコミットしました。当日の討論の模様は、Ustとニコ生 [*32] で中継されています。Ustについては、今もアーカイブが残っていて、観られるようになっているんですね。[*33] 質疑応答の様子は観ていて結構面白いですよ。さらに今回は、大学教授ら5名の有識者で構成される第三者検証委員会が特別に設置され、調査の過程全般にわたり、公正かつ適切だったか否かという検証が行われました。テーマの重要性や政府による主催という点を考慮してのことのようです。
——第三者委員会による検証の結果、何か問題は見つかったのでしょうか?
津田:検証結果は、報告書にまとめられ、ウェブサイトにアップされていて、誰でも全文読めるようになっています。[*34] この報告書によると、今回の討論型世論調査をめぐっては、「特定の意図をもった誘導や『やらせ』といった操作等はなかった」とのことですが、一方で「政府の委託時期に起因する時間的制約のため、本調査の準備過程において、討論資料の作成、質問紙の作成、パネリストの選定等の場面で、専門家委員会を十分に活用することができていない点に大きな課題を残している」としています。
——こうして、パブコメ、意見聴取会、討論型世論調査の結果が出揃ったわけですね。それぞれ「ゼロシナリオ」支持がもっとも高く出たとのことですが、具体的にはどのような結果が出たのでしょうか?
津田:ゼロシナリオ支持者のパーセンテージが一番高かったのはパブコメで87%。[*35] 意見聴取会では意見表明希望者の68%、[*36] 討論型世論調査では討論後のアンケートで47%[*37] という結果になりました。討論型世論調査では、事前、事後でどのように意見が変わったかもポイントです。おおまかに言うと、討論前に取った事前アンケートでは、ゼロシナリオが42%、15シナリオが18%、20〜25シナリオが15%だったんですね。それが討論後、47%、16%、13%になったんです。十分な知識をインプットし、熟慮と討論を重ねた結果、「原発をゼロにしたい」と考える人が増えた——この結果は示唆に富んでいますよね。
——国民的議論で行われた調査全体については、検証されているのでしょうか。
津田:はい。パブコメ、意見聴取会、討論型世論調査の3つすべてを検証するため、「国民的議論に関する検証会合」という会議が8月下旬、3回にわたって開かれました。そのもようは、ウェブに動画でアーカイブされています。[*38] なお、この会合では、大学教授らを構成員とし、エネルギー・環境会議と同じ国家戦略担当大臣が座長を務めています。ただ、ジャーナリスト・田中龍作さんのブログによると、同会合の第3回目で、国民的議論のまとめと分析が、三菱UFJリサーチ&コンサルティングに丸投げされていたことがわかったそうなんですね。[*39] しかも、この資料 [*40] には、「有識者からの指摘」として、今回採られた調査方法に疑問を投げかけるようなコメントが入っています。一方、マスコミなどによる世論調査は「日本全体の縮図になっているはずである」として称賛している、と。田中さんは、この資料がマスコミ調査を持ち上げるのは、ゼロシナリオの支持割合が国民的議論の結果よりも低いからだとして、次のように結論します。「ゼロシナリオを求める世論が圧倒的であることから、野田政権と原子力ムラは、パブコメなどの世論調査結果を過小評価する必要があった。それを受けて三菱総研 [*41] が『有識者の指摘』として否定的なコメントをつけたようだ」と。専門家が「大きな課題を残している」と結論づけたことで、「討論型世論調査やったけど、政策に反映させる必要はないんじゃね?」って結論を意図的に出そうとしてるのかなと見られても仕方のないところではあるかなとは思います。とはいえ、専門家たちは「特定の意図をもった誘導や『やらせ』といった操作等はなかった」としているわけで、討論型世論調査が各国で重要な議論の材料になっていることを考えれば、正確に世論を吸い上げるという意味では、十分に意義のある調査になったと個人的には思いますけどね。
——政府はゼロシナリオを支持する声を潰したい。それが本当なのだとしたら、国民的議論はまったくの無駄に終わるのでしょうか。
津田:いいえ、僕はそう思いません。国を挙げての大々的な調査を行った結果、原発ゼロを支持する声が圧倒的だった——この事実が報道されることにより、官僚や政治家も、国民の目を意識せざるを得なくなるでしょう。少なくとも、この世論の状態が変わらない限り、新たに原発を設けることはできない。現在の政府方針では、原発の運転期間は原則40年となっています。[*42] 仮に原発を新設できないとなると、既存の原発は40年後にはおのずと廃炉になるわけですよね。だから、単純な話、新設さえしなければ40年後、原発がゼロになる可能性は十分にあるわけです。そのためには国民の世論が変わらないということが前提ですが。
——いわば今回の国民的議論の結果は、「これ以上原発を作らせない」というリミッターとして機能すると。
津田:はい。3月から始まった官邸前デモと似ているかもしれませんね。あのデモは、運転停止中だった関西電力・大飯原発の再稼働に反対するために始まったものです。しかし電力需要がピークを迎える夏を目前に、大飯原発は結局、稼働を再開しました。でも、官邸前デモはその後も続いています。あのデモによって、何かがすぐに変わったというわけではありません。だけど官僚や政治家は、やっぱりあの動きを気にしている。原発推進に対するリミッターとしては、それなりに、ではあるかもしれないですけど、確実に機能はしているんですよ。
——国民的議論の結果を踏まえ、今後どのような話し合いが行われるのでしょう?
津田:この結果を受けて、民主党による「エネルギー・環境調査会」でも、このほど議論が行われたんですね。そして9月6日、「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」との方針がまとめられました。[*43] 国民的議論を行ったエネルギー・環境会議は民主党の提言も考慮して、「原発ゼロ」を柱に据えた「革新的エネルギー・環境戦略」を週内にも打ち出すと見られています。[*44]
——脱原発の方向に向かっているとは、意外ですね。周囲の反応はどうでしょう?
津田:ある程度予想されたことですが、経済界は「経済や雇用に影響する」として反発しているようですね。使用済み核燃料の再処理施設がある青森県六ケ所村も、同様に反発しているといいます。同村の施設はいまだ試運転中で、使用済み核燃料の再処理は行われていません。しかし全国の原発から搬入された使用済み核燃料がすでに2919トン貯蔵されているんですね。これまで政府は「使用済み核燃料を再利用する」という核燃料サイクル政策を推進してきました。六ケ所村の施設もその一環として建てられたわけです。けれど今回、「原発ゼロ」という方針が出そうな雲行きである、と。仮にこれまでの計画が覆され、再処理計画が中止されたとすれば、六ケ所村は核のごみとともに取り残されてしまう——そこで同村は、核燃料サイクル政策が中止された場合、新たな使用済み燃料を受け入れず、現在貯蔵している使用済み燃料を各地の原発に送り返すかまえです。
——核燃料サイクル政策を中止したとすれば、日本の原子力政策は根底から崩れ落ちてしまいますよね。
津田:はい。原子力にかかわることでいえば、もう一つ懸念があります。いつまで経っても実用化されない高速増殖炉「もんじゅ」をどうするか——。もんじゅの研究開発については、去年11月に行われた政策仕分けでも、抜本的な見直しをすべきだという結論が出されました。[*45] しかしながら、文科省が9月7日に発表した2013年度予算の概算要求では、もんじゅの試運転再開に向け、使途を定めない「政策対応費」の名目で78億円もの予算を計上しています。[*46] 東京都の石原知事も、もんじゅの廃炉を「とんでもない話。絶対にしちゃいけない」として、9月6日、視察にまで行っていますよね。[*47] 今後はこのあたりも議論の対象になってくるでしょう。
——残された問題は、簡単に解決できるとは言えない——。
津田:「原発依存度を減らしていきましょう」なんて、誰にでも言えることです。「革新的エネルギー・環境戦略」で原発ゼロを打ち出したうえで、こういう問題をどう解決していくか。今後、そこが政府に問われてくるでしょうね。
[*1] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive01.html
[*2] 「3つのシナリオ」については「エネルギー・環境に関する選択肢」という資料にまとまっている。
http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120629/20120629_1.pdf
国民的議論に向け、「3つのシナリオ」を一般向けにわかりやすく解説したパンフレットも用意された。
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/sentakushi01/public/pdf/reaflet_0712_A.pdf
なお、「3つのシナリオ」のベースとなっているのは、経産省・総合資源エネルギー調査会の基本問題委員会が取りまとめた「エネルギーミックスの選択肢の原案について」という資料である。
http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/kihonmondai/sentakushi.pdf
[*3] http://www.kantei.go.jp/jp/kan/statement/201105/10kaiken.html
[*4] http://www.aec.go.jp/jicst/NC/tyoki/tyoki.htm
[*5] http://www.enecho.meti.go.jp/info/committee/index.htm
[*6] http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2012081202000092.html
[*7] http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=195110025
[*8] http://www.env.go.jp/council/14animal/y143-23/mat01.pdf
[*10] http://freepets.jp/signature/59-signatureinfo.html
[*11] http://freepets.jp/signature/64-publiccomment.html
[*12] http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/policyreports/chousa/keitai-syuha/pdf/041021_3_ss1.pdf
[*13] http://www.softbanktelecom.co.jp/ja/news/info/2004/20040903_01/
http://www.softbanktelecom.co.jp/ja/news/info/2004/20040903_01/
[*14] http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/NCC/NEWS/20040907/149595/
http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/2005/050208_7.html
[*15] http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495090047&Mode=0
[*16] http://event.rakuten.co.jp/medicine/net_signature/public_comment/
[*17] http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?ANKEN_TYPE=3&CLASSNAME=Pcm1090&KID=495090047&OBJCD=&GROUP
[*18] http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/18/news093.html
[*19] http://miau.jp/1193380202.phtml
[*20] http://miau.jp/index1194583961.phtml
[*21] http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0710/16/news091.html
[*22] http://search.e-gov.go.jp/servlet/Public?ANKEN_TYPE=3&CLASSNAME=Pcm1090&KID=185000284&OBJCD=&GROUP
[*23] http://internet.watch.impress.co.jp/cda/news/2004/11/02/5237.html
[*24] http://www.e-gov.go.jp/help/about_pb.html
[*25] http://www.city.osaka.lg.jp/shiseikaikakushitsu/page/0000171805.html
[*26] http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120622/waf12062221140028-n1.htm
[*27] http://fujirockexpress.net/12/10497.html
[*29] http://mainichi.jp/opinion/news/20120718k0000m070135000c.html
[*30] http://jp.reuters.com/article/jpopinion/idJPTYE82P01B20120326
[*31] http://keiodp.sfc.keio.ac.jp/?page_id=22
[*32] http://live.nicovideo.jp/watch/lv102756597
[*33] 以下のページに、Ustアーカイブへのリンクが載っている。
https://www.kokumingiron.jp/dp/
[*34] https://www.kokumingiron.jp/dp/120822_04.pdf
[*35] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120827/shiryo2-2-1.pdf#page=4
[*36] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120827/shiryo2-1-1.pdf#page=2
[*37] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120827/shiryo2-3-1.pdf#page=3
[*38] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/archive12.html
[*39] http://tanakaryusaku.jp/2012/08/0004951
http://tanakaryusaku.jp/2012/09/0005001
[*40] http://www.npu.go.jp/policy/policy09/pdf/20120828/shiryo1-2.pdf#page=3
[*41] 「三菱総研」という表記は原文のとおり。後日、田中さんは「三菱総研ではなく、三菱UFJリサーチ&コンサルティングの間違いだった」という趣旨の訂正記事を出している。
http://tanakaryusaku.jp/2012/09/0005001
[*42] http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20120906-OYT1T00768.htm
[*43] http://mainichi.jp/select/news/20120907k0000m010102000c.html
[*44] http://sankei.jp.msn.com/politics/news/120910/stt12091021490010-n1.htm
[*45] http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20111120-OYT1T00545.htm
[*46] http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/news/CK2012090802000125.html
[*47] http://www.asahi.com/politics/update/0906/TKY201209060491.html
最終更新: 2012年9月5日