ソーシャルビジネスが世界を変える (津田大介の「メディアの現場」vol.67 より)
津田マガ記事
(※この記事は2013年3月1日に配信されたメルマガの「今週のニュースピックアップ Expanded」から抜粋したものです)
ソーシャルビジネスが世界を変える——ムハマド・ユヌスが提唱する「利他的な」経済の仕組み
慈善事業ではない、社会が抱える問題を解決するためのビジネス——社会的企業、いわゆる「ソーシャルビジネス」が世界的なムーブメントになっています。一企業でありながら利益を追求しないソーシャルビジネスというかたちになぜ注目が集まっているのか、世界や日本の状況はどうなっているのか。そこで今回は、今年2月、東京で開催された若者の夢を支援するための一大イベント「みんなの夢AWARD」の審査員として来日した、グラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌスさんにお話を伺いました。(構成:佐久間裕美子)
津田:ユヌスさんが携わっている「ソーシャルビジネス」は、日本では社会的起業・社会的企業と呼ばれています [*1] 。ユヌスさんが大きく育てたソーシャルビジネスの概念は、世界のみならず、最近は日本でも少しずつ注目を集めています [*2] 。まずお伺いしたいのは、そもそもユヌスさんがこのソーシャルビジネスに自分で取り組まれるようになった——社会問題の解決に関心を持ったきっかけは一体なんだったのでしょうか?
ユヌス:当初は「ソーシャルビジネス」などという名前もなかったんです。貧困や医療問題など、多くの問題を解決しようとする過程で、何か問題があれば、それを解決するためにアイデアを考案し、ビジネスを作る。そうやってたくさんの事業を立ち上げてきました [*3] 。これはほかの人から見ると、奇妙というか、興味深いことに思えたようです。というのも、儲けようとしてやっているわけではない。オーナー——ソーシャルビジネスの創業者は利益を上げるためではなく、問題を解決することに興味がある。初期投資が戻ってきて、その企業が自立した存在になることが望みなわけです。余剰利益が出れば、それはその企業の資産として残ります。後に、名前をつける段になって、ソーシャルビジネスという言葉を作りました。あくまでも問題を解決するために作られた、配当を出さない企業形態で、NGOともNPOとも明白に違い、またチャリティでも財団でもない。あくまで自立した企業で、ビジネス的な理念に基づいて運用される [*4] 。ひとつの大きい違いは、オーナーに利益を上げるためではなく、問題を解決するために存在するということです。それをやっていたら、人々から、そして他の国から、興味を持たれるようになりました。そのうち本を書いて [*5] 、本を読んでもらえるようになり、さらにはその本が多くの言語に翻訳され、そうやってどんどんこの考えが広がるようになりました。
◇社会的起業を支援する「ソーシャルファンド」とは?
津田:今回は「みんなの夢AWARD」[*6] の審査員として来日されたわけですが、審査だけでなく、主宰者であるワタミの渡邉美樹社長 [*7] と日本でソーシャルビジネスを広めるためにプロジェクトを企画されていると伺いました。それはどんな内容なんでしょうか?
ユヌス:実は今、ソーシャルビジネスファンド——基金を立ち上げるための準備をしています。若い人、エグゼクティブ、IT系の方々、誰でもいいのですが、社会問題を解決するためのアイデアと、企業を立ち上げるための方法論を思いついた人に出資するための基金ですね。これが日本でやろうとしているイニシアチブのひとつめ。そのほかにもバングラデシュで、ワタミとジョイント・ベンチャー——合弁企業を立ち上げようとしています。ワタミレストランのコンセプトをバングラデシュに導入し、低所得者層に、健康的で手頃な値段で提供する。彼らが不衛生な食事を食べたり、食事に必要以上にお金を費やすことを減らすことができる。良質の食品を手頃な値段で食べられる場を提供する。このふたつの準備が進んでいます。
津田:なるほど。ユヌスさんが立ち上げたグラミン銀行 [*8] はもともと貧困層に無担保でお金を貸し出す「マイクロクレジット」[*9] で注目を集めました。グラミン銀行では、マイクロクレジットだけでなく、世界中で盛り上がりつつあるソーシャルビジネスに対する融資も行っているのでしょうか。
ユヌス:グラミン銀行そのものは、世界各地で活動をするソーシャルビジネスに資金提供しているわけではないんです。グラミン銀行は、あくまでも、バングラデシュ国内で貧しい女性が収入を生み出すための活動を行うための資金を、担保をとらないで融資をするもので、活動はバングラデシュ国内に限られています。ただ、このグラミン銀行のアイデアそのものは世界各地で広がっています。豊かな国、貧しい国、その間くらいにある国——つまりあらゆるタイプの国で、マイクロファイナンス、マイクロクレジットといったコンセプトで、グラミン銀行のような活動をしているところが多数あります [*10] 。それとは別に、ソーシャルビジネスファンドを世界各地で、同じ思いを持ってくださる人たちと一緒に立ち上げるようになりました [*11] 。日本、インド、アルバニア、ブラジル、ハイチ、ドイツといった国でやっているのですが、こういった基金が、ソーシャルビジネスに対して投資を行なっている。最近では、欧州向けの基金を準備していて、その基金が、各国にあるファンドに投資し、それぞれのファンドがソーシャルビジネスに対して出資、投資をするという流れです。
私が今期待をしているのは、このソーシャルビジネスファンドを、日本でまず国レベルのものとして立ちあげ、それ以降「東京ソーシャルビジネスファンド」「福岡ソーシャルビジネスファンド」「大阪ソーシャルビジネスファンド」と、各地に同じようなファンドを立ちあげていくことです。それによって日本ソーシャルビジネスファンドから各地のファンドに資金提供をし、そこから各地にソーシャルビジネスが生まれ、問題を解決するためのクリエイティブなアイデアが生まれる、という流れを期待してるわけですね。そのひとつの大きな財源としては、CSR [*12] 用の資金が考えられます。これは「企業の社会的責任」などと呼ばれ、企業がチャリティなど、社会責任と関係のある活動のために割く予算ですね。つまり、CSR予算の使い方としては、一歩進んだかたちになります。これまで伝統的にやられてきたように、どこかに金銭を寄付するだけでなく、企業そのものがソーシャルビジネスを始める。両方考えられると思います。伝統的なNGOなどにお金を与える方法と、この新しい方法がある、と。
津田:なるほど。今ソーシャルビジネスが注目されて、それをやりたい若い人も増えてきていると思うのですが、良いアイデアを思いついたとしても事業化するのには当然初期費用がかかるわけですよね。そういうことをサポートするのがソーシャルファンドだと思うのですが、ユヌスさんが関わったソーシャルファンドの中で、初期費用を提供したことによって良いアイデアが実現された成功事例を教えていただけますか?
ユヌス:バングラデシュでの例を挙げると、グラミン・シャクティ [*13] があります。バングラデシュの農村部に、家庭用の電気を供給するために、ソーラー発電のシステムを設置する会社です。バングラデシュではまだ国民の70%が電気に対するアクセスがないので、日が沈むと文字通り真っ暗になってしまう。日没後は、家の中でランプを付けて生活しなければならないんですね。われわれは、それに対する解決策としてソーラー発電を可能にする家庭用の太陽光システムを推進しようと、16年前にソーシャルビジネスの会社を作りました。でも、最初のうちはなかなか売れなかった。このシステムで発電できることを信じてもらえなかったのと、人々にとってとても高額だったこともあります。なので、月に3台から4台分のシステムを売れるようになるまで長い時間がかかりました。それが月10台になり、そして20台になり、だんだん増えていって16年たった今では一日に1000台以上を売っています。16年たった今、100万世帯にソーラーシステムを設置しました。あと3年で200万世帯に到達すると考えていて、これからは3年ごとに100万世帯ずつ増えていく見通しです。これはソーシャルビジネスとして、営利目的ではなくて、国民が抱えていた問題を、再生可能エネルギーを使い、環境にやさしい方法で解決したかった。環境問題と人々が抱える問題を解決したのです。
もうひとつ簡単な例があります。日本の雪国まいたけ [*14] とのジョイントベンチャーで始めたソーシャルビジネス [*15] なんですが、もやしの材料になる緑豆をバングラデシュで作って、日本向けに輸出する。今日本で売られるようになりました。これは休耕地を有効利用する効果もあり、耕作をするということで窒素固定もできる、そして人々には栄養のある食べ物が供給できるし、女性には雇用が生まれる。そして土壌もより肥沃になるし、バングラデシュに輸出する商品ができました。
◇ソーシャルビジネスが世界経済を救う?
津田:ユヌスさんが書かれたご著書の『ソーシャルビジネス革命』[*16] は非常に面白かったんですが、その中でも僕が特に印象的だったのは「人間は利己的な生き物と見なされがちなんだけれども、同時に利他的な生き物でもある」というフレーズなんです。今までのグローバル経済は利己的な部分だけが考慮されて経済の仕組みが作られてきた。これに対して利他的な仕組みを経済に組み込むのがソーシャルビジネスだと書かれていますが、実際にユヌスさんから見て、グローバル経済に利他的な仕組み——ソーシャルビジネスが入り込むことで世界経済は変わってきているんでしょうか。また、変わらなければいけない世界経済の中で、今後企業のあるべき姿はどんなものになっていくと思いますか?
ユヌス:私が本の中で言いたかったのは、「人間は儲けること、利益をあげるために地球に生まれたロボットではない」ということでした。しかし、経済理論を唱える人たちは、人間は金銭を中心に動くものだと解釈をして、お金こそが人生で大切なものだと言ってきた。でも、私に言わせれば、人間はもっと大きなものです。エコノミストたちは、人間の利己的なところをもってして、経済理論を打ち立てた。私は「彼らは間違っている、人間の一部だけを見ている」と言いたかった。人間は利己的であると同時に、同じくらい利他的な存在です。でもエコノミストはそこに目を向けなかった。彼らの目を開いて、利己的・利他的という人間の両方の側面を見せたかった。ソーシャルビジネスは、利他的な要素に基づいたビジネスです。利己的ということはすべてが自分のものであって、他人のためのものではないわけですが、利他的ということはすべてが他者のためにある——これは並行した2つの要素で、人間なら誰もが両方を持っているんです。私が言っているのは単純な話で、両方を考慮してほしいということなんです。これまで「人間は利己的なロボットだ」という解釈によって、多くの問題が生まれてきました。人間が人間になれば、世界はもっと良い場所になります。そのことを企業も理解し始めています。社会的な危機、金融危機も銀行危機もあるいは環境危機もすべてルーツをたどれば、原因は同じ問題——システムの欠陥にあるんです。ですから問題を解決するために、それを修正しなければなりません。
津田:実は僕、東日本大震災で津波の被害がひどかった宮城県の石巻市で2カ月前に「パワクロ」というソーシャルビジネスを立ち上げたばかりなんです [*17] 。どういうものか一言で言うと、古着の通販なんですが、その仕入れ先がタレントや有名人などの著名人たちによる寄付なんですね。彼らは仕事の都合で、何千着というレベルでたくさん服を持っているんですが、着なくなったものはほとんど捨ててしまうしかないんですね。ブランド物の良い服がただ捨てられるだけなので、それはもったいないぞと。それを寄付してもらって被災地でネット通販というかたちで売れば現地に雇用を作ることができるんじゃないかということで、多くの人に動いてもらって立ち上げたところです。現状はそこの代表理事と、現地のスタッフ5人の計6人を雇用することができており、こらから持続可能なかたちで発展させていきたいなと思っています。せっかく目の前にユヌスさんがいらっしゃるので、「パワクロ」をソーシャルビジネスとして大きく育てていくためのアドバイスをいただきたいのですが……。
ユヌス:まずひとつは、捨てられるはずのものから富を生み出す、価値のあるものをリサイクルする、それを売ることでお金を生み出すことができれば、他のソーシャルビジネスに投資をしていく。そのようなプロセスを経ることでさらに第二ラウンドとして、再循環ができるようになると思います。第一ラウンドは、価値を生み出し、人々を労働に参加させ、雇用を創出する。第ニラウンドとして同時に収入をあげ、それをソーシャルビジネスに再投資する。服を売るということだけでなくて、たとえば誰かを雇って、デザインを変えたり、改良したりということも考えられますね。思いつきですが、セレブが着たシャツだったとしたら、その一部を欲しがる人は多いかもしれない。それを細かく着るとか、再デザインするとか、価値を拡大して、より多くの人を参加させることが考えられる。普通の人たちでも多くの衣類を持っています。新しいシーズンがくれば、ワードローブを捨てるかもしれません。大手チェーンのアパレル企業に聞いたのですが、ヨーロッパでは、6着のスーツのうち1着はまったく着られることはないそうです。理由は、母親、恋人、妻からもらい、お礼を言ったけれど、好みじゃないので着ないのだそうです。食料品だってそうです。毎週スーパーで買い物をし、新しいものを買って、まだ食べられる食料をムダにする。けれど、今起きていることは、変革の始まりだと思っています。繁栄している国の人間の慣習を見ると、人々と着るもの、食べるものとの関係性が低いように思います。貧しい国からすると、こういったものは、良質の食料、良質の衣類、良質の素材なのです。物を循環させることで、何もムダにならない枠組みが作れるのではないでしょうか。
今説明していただいたアイデアは、非常にパワフルなものだと思います。実際、九州大学の協力でソーシャルビジネスセンターというものを設立しまして [*18] 、こういったいろんなアイデアについてみんなで話し合うという場もありますので、それによってさらにリンクさせることができるということを期待しています。
津田:良い助言をありがとうございます。もうひとつ質問してよろしいでしょうか? 自分でソーシャルビジネスを始めたときに、代表の給料をいくらにするのか結構悩んだんです。ユヌスさんは「ソーシャルビジネスで上げた利益は再投資に回す」ということをおっしゃっていますが、リーダーや働く社員の給料はどのくらいで設定するのが適切なのでしょうか。
ユヌス:ソーシャルビジネスでは、こういったとき、相場で考えるようにしています。ほかの会社で同じようなポジションについたときには、どういった額がふさわしいのかという、それを基準に考えるべきという考え方です。もちろん中には「ボランティアでいい」という人もいますが、それは別です。「雇用」されるのであれば、他の企業と同じように、給料と福利厚生を受けるべきです。何と言ってもこれは「ビジネス」です。決して「チャリティ」ではありません。自己犠牲を払うべきではない。ソーシャルビジネスで働く人は誰でも相場のリターンを受け取るべきです。そして組織の中で一番給料の安い人の給料のレベルは、いわゆる最低賃金よりは上の額をであるべきだと思います。なぜなら、労働者から労働を絞り出すような結果になってはいけないからです。
◇ソーシャルビジネス大国・日本へ
津田:僕は大学でも教えていて大学生と話す機会も多いのですが、最近は「企業に就職するのではなく、ソーシャルビジネスを起業したい」という若者が増えているんですよね [*19] 。そういう彼らに「じゃあ、どういうソーシャルビジネスをやりたいの?」と聞くと、「これがやりたい」という具体的なアイデアはないことが多い。彼らのように社会的起業をしたい若者は、どうすれば自分のソーシャルビジネスの「タネ」を見つけられるのでしょうか。
ユヌス:世界でも日本でも、今の若い世代というのは、有史以来もっともパワフルな世代だと思います。なぜかといえば、いろいろな技術があるからです。インターネット、Facebook、そういったものでいろんな人や情報と瞬間的につながれる世代です。前の世代よりも、可能性は確実に多いはずです。それだけのパワフルな世代に対して「卒業後どうするんですか?」と聞いた時に、彼らには限定的な将来しか見られない。もっと能力はあるはずなのに。でも社会に出ると、とても小さいことをやらされる。だから起業したいのでしょう。それは今の社会が抱える課題のひとつです。若い人たちにどう扉を開いていくか、どう彼らが力を発揮できる社会を作るか。特に日本は、非常にクリエイティビティに富んだ国です。若い人たちは特にクリエイティブだし、能力もある。彼らに「日本の繁栄のために」は通じません。日本はすでに繁栄しているので、その考えは彼らをワクワクさせないのです。世界とつながっているこの人たちを、日本的なやり方ではなくて、グローバルなやり方で活動ができるようにしてあげる——その責任を社会は持っているんです。ですから、若い人たちが社会のために、国のために、世界のために、持っているエネルギーを最大限発揮できるように開放してあげるというのが社会の責任です。それをしないと若者の意欲がムダになってしまう。
では、どうすれば良いか。日本の技術と創造力をもってすれば、世界のいろいろな難問に対して解決策を提供できる国になることができるはずです。そのなかで、若い人たちがワクワクして、役割を果たすことができるようになる。「望めば、世界を変えることもできる」という思いを持たせてあげる。自分の能力を認識し、その能力を何に使えるかを考えるべきです。そこに答えがあるはずなのです。
よく日本では「高齢化社会」について耳にします。奇妙な気がしますね。60歳になったら、もしかしたら日本ではもうお役御免なのかもしれませんが、世界には彼らを必要としていて彼らが活躍できる場がたくさんあるのです。この世代は日本を築いた世代です。60歳になったとしても、あとまだ25年、30年、クリエイティビティやスキルを世界で最大限活用する時間があるわけです。でも日本では高齢化が問題になるのです。彼らが他者のために問題を解決するためのリーダーシップを発揮できるようにすればいい。彼らも楽しいだろうし、国にとってもいいことでしょう。ソーシャルビジネスは、まさに人材、才能、スキルといったものを、必要としている人たちとつなげるプラットフォームになりうる。日本は経済大国ではなくて、アイデア大国を目指すべきです。世界に存在する問題に対して「日本はこんなソリューションを提供できる」ということを提示できる——そうなることが理想じゃないでしょうか。
津田:僕は『ソーシャルメディア革命』でユヌスさんが「ピンチのときほどチャンスがある」と書かれていたたことが強く印象に残っているんです。日本は「課題先進国」とよく言われますが [*20] 、それはつまりピンチではなく、チャンスがたくさんあるということで、課題先進国である“強み”を生かせば、世界一のソーシャルビジネス大国になる可能性を秘めているということですよね?
ユヌス:今は好機です。一番深刻な危機は、チャンス的には一番ピークにある時なのです。だいたい物事が回っている時には、「今の状態をそのまま維持しましょう」ということで何も動きませんので、本当にいいチャンスかと思います。
日本がソーシャルビジネス大国になれるという指摘は、その通りです。日本は商売という意味でも、企業の成功という点でも世界のリーダーとして、短期間の間にずいぶんたくさん稼いだ。ほかの意味でもこれからリーダーになれると思います。日本がこれまでしてきたことを、今度は世界のためにすればいい。そして日本が持つ才能とクリエイティブなパワーがあれば、世界のどこでも問題を抱えるところにソリューションを提供できると思います。
津田:『ソーシャルビジネス革命』のあとがきに「幸いにも今ほど夢が実現しやすい時代はない」と書かれていますよね。この言葉に強く惹かれたのですが、ユヌスさんはどうしてそのように思われたのでしょうか? 世界が直面している問題を見ると、まだ戦争もなくなっていないですし、ここ数年、世界経済はひどい状態にある。それでも、今夢が実現しやすい時代であるとポジティブに語っているのはなぜなんでしょうか。
ユヌス:それは世界が今、急速に変わっているからです。かつて誰もが想像しなかったことがどんどん実現している。例えば、20年前にはソビエト連邦という国があったのが、戦争が起きたわけでもないのに突然消滅した。ベルリンの壁にしても銃弾の一発も発せられないまま、突然なくなりました。まったく想像もしなかったことが今、どんどん起きています。技術の進歩も起こりました。例えば携帯電話という25年前にはなかったものを、今では世界中の人たちが持っている。ITにしろ、iPod、iPhoneにしろ、昨日考えられなかったことが今日すでに実現しているということは、明日どうなるのかまったく想像できないということでもある。この20年の間にこれだけ大きな変化があったわけですから、これから今度の20年の間にもっと速いペースで、今はまったく想像できないようなことが実現しているに違いありません。昨日不可能だったものが、今日は可能になっている。そして、今は不可能と可能の間の距離がとっても短くなっていると思うのです。今、われわれが心配している問題はすべて、方向を正しいほうに定めれば、消えてしまう可能性がある。
今、大切なのはイマジネーションです。どういう世界を私たちが目指すのかということを想像する。その答えが出れば、現実化できる。イマジネーションというのは若い人たちが一番もっとも持っているものですが、そのイマジネーションを今から働かせていけば、10年後にはその世界が実現しているでしょう。不可能なことはないのです。
われわれはサイエンスフィクションが大好きで、月や火星や銀河に行きたがります。みんな「スタートレック」も好きですよね。今、月やその他の惑星に行けるようになった。なぜながらサイエンスフィクションが、想像を働かせたからです。しかし、なぜソーシャルフィクションはないのでしょうか? 「貧しい人がいない世界」、「失業者のいない世界」というものを描いてはどうか。もうそうなれば「失業って何? みんな働いているじゃない」、「国から生活保護を受けている人は誰もいない。なぜならば人々それぞれが自分の能力を生かして自分で自立した生活を送れている社会になっているから」、「病人がいなくて、90歳が長距離マラソンで金メダルを獲る」——そんな社会を想像すればいい。想像すれば実現する。そして、想像しなければ実現しないんです。
津田:コンピュータの父のアラン・ケイ [*21] が「未来を予測する最良の方法は、未来を作ることだ」[*22] と言ったことを思い出しました。今日は僕にとっても、たくさん気づきがあるすばらしいお話を聞けて良かったです。なんか人生が変わってしまったかもしれません(笑)。ユヌスさん、本当にありがとうございました!
▼ムハマド・ユヌス
1940年、バングラデシュ・チッタゴン生まれ。チッタゴン・カレッジ、ダッカ大学を卒業後、チッタゴン・カレッジの経済学講師を経て米ヴァンダービルト大学で経済学博士号を取得。1983年にグラミン銀行を設立。農村部の貧しい人々へ無担保・低金利で融資を行う「マイクロクレジット」を展開し、貧困問題解消に尽力する。2006年にノーベル平和賞を受賞。ユヌス氏が提唱する「ソーシャルビジネス」は次世代の新しいビジネスのかたちとして世界各国で大きな注目を集めている。著書に『ムハマド・ユヌス自伝——貧困なき世界をめざす銀行家』『貧困のない世界を創る』『ソーシャル・ビジネス革命——世界の課題を解決する新たな経済システム』(すべて早川書房)がある。
ウェブサイト:http://www.muhammadyunus.org/
ツイッターID:@Yunus_Centre
▼佐久間裕美子(さくま・ゆみこ)
1973年生まれ。米ニューヨーク在住ライター。慶應大学卒業後、イェール大学で修士号を取得。出版社、通信社などを経て2003年からフリーに。インディペンデントのデジタルマガジンPERSICOPE(http://wearetheperiscope.com)の編集長を務める。
ウェブサイト:http://yumikosakuma.com/
ツイッターID:@yumikosakuma
[*1] http://www.gov-online.go.jp/useful/article/201103/1.html
第1回 社会を良くするビジネスって? 〜社会起業って何?(上)- ソーシャルビジネスが拓く新しい働き方と市場 : 日経Bizアカデミー
http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000007122012
第2回 社会を良くするビジネスって? 〜社会起業って何?(下)- ソーシャルビジネスが拓く新しい働き方と市場 : 日経Bizアカデミー
http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000014122012
本メルマガvol.66「メディア/イベントプレイバック」に登場したChange.org(http://www.change.org)も社会的企業の1つ。
http://tsuda.ru/tsudamag/2013/02/1978/
[*2] http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000020122012
http://bizacademy.nikkei.co.jp/column/social/article.aspx?id=MMAC08000004012013
http://www.dir.co.jp/consulting/insight/biz/20121219_006606.html
http://www.meti.go.jp/policy/local_economy/sbcb/index.html
[*3] グラミン銀行を中核として、インフラ・通信・医療・福祉・教育・エネルギー・製造・ファンドなど、多分野で「グラミン・ファミリー」と呼ばれる事業を展開している。
http://www.grameen-info.org/index.php?option=com_content&task=view&id=465&Itemid=547
また、グラミン・ユニクロやグラミン・ダノン・フーズ、BASFグラミン、グラミン・ヴェオリア・ウォーターなどのジョイント・ベンチャーも数多く立ち上げられている。
http://www.grameenuniqlo.com/jp/about/
http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-danone-foods-ltd.html
http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/basf-grameen-ltd.html
http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-veolia-water-ltd.html
[*4] ユヌスさんが提唱するソーシャルビジネスの7原則では、「財務的、経済的な持続可能性」が掲げられている。
http://www.grameencreativelab.com/a-concept-to-eradicate-poverty/7-principles.html
http://jp.grameencreativelab.com/a-concept-to-eradicate-poverty/7-principles.html
[*5]『Banker To the Poor』
http://www.bankertothepoor.com/
邦訳は『ムハマド・ユヌス自伝—貧困なき世界をめざす銀行家』として発売され、世界的なベストセラーとなった。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152081899/tsudamag-22
[*6] http://www.miraimeishi.net/award/
[*7] http://ameblo.jp/watanabemiki/
http://kotobank.jp/word/%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%8A%80%E8%A1%8C
[*9] マイクロクレジットとは、貧困層や女性など、通常の金融機関からは融資を受けられない人びとに、無担保で少額融資を行う金融サービスのこと。
マイクロクレジットの仕組みは以下の記事に詳しい。
http://www.daiwa.jp/microfinance/03.html
融資だけではなく貯蓄や保険など、広範な金融サービスを提供しているものを「マイクロファイナンス」と呼ぶ。
http://www.daiwa.jp/microfinance/01.html
[*10] http://www.daiwa.jp/microfinance/05.html
[*11] http://www.nikkei.com/article/DGXNZO44053150T20C12A7TJ1000/
http://www.yunussb.com/index.php/incubator-funds/albania
http://www.yunussb.com/index.php/incubator-funds/haiti
[*12] http://allabout.co.jp/gm/gc/293099/
http://jp.grameencreativelab.com/live-examples/grameen-shakti.html
以下のレポートでは、太陽光発電の成功事例として、グラミン・シャクティが紹介され、仕組みの概要が説明されている。
http://www.mizuho-ri.co.jp/publication/sl_info/working_papers/pdf/report20120618.pdf
[*14] http://www.maitake.co.jp
[*15] http://www.maitake.co.jp/csr/
[*16] http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4152091827/tsudamag-22
[*17] http://powerofcloset.com/
本メルマガvol.61「今週のニュースピックアップ Expanded」で、パワクロの代表理事・三上和仁さんと、理事の川村久美さんにパワクロの立ち上げの経緯やその狙いなどについてお話を伺った。
http://tsuda.ru/tsudamag/2013/01/1777/
[*18] http://sbrc.kyushu-u.ac.jp/
[*19] http://diamond.jp/articles/-/10044
[*20] http://business.nikkeibp.co.jp/article/money/20111006/223050/
http://www.dir.co.jp/library/column/120726.html
2011年11月には、APEC首脳会談に出席した野田佳彦首相(当時)が、「わが国は少子高齢化の進展とともに、震災を契機に厳しいエネルギー制約に直面している。いわば世界の中の『課題先進国』だ」と発言している。
http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS14017_U1A111C1EB1000/
[*21] http://biography.sophia-it.com/content/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4
[*22] 原文では”The best way to predict the future is to invent it.”
http://www.smalltalk.org/alankay.html
最終更新: 2013年3月25日